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2013年4月28日 (日)

2013 IRLインディカーシリーズ第3戦ロングビーチで佐藤琢磨が優勝!!その2 第3戦フル動画ヨ!!

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2013年4月22日 (月)

2013 IRLインディカーシリーズ第3戦ロングビーチで佐藤琢磨が優勝!!

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IZODインディカー・シリーズ第3戦ロングビーチで、日本人初、そしてキャリア初のインディカー優勝を成し遂げた佐藤琢磨(AJフォイト)が、初優勝の喜びとレースについて語っている。

 2002年からF1で戦った後、2010年からはアメリカに活動の場を移し、インディカー・シリーズを戦ってきた琢磨。2012年は2回の表彰台、そして全世界を沸かせながらも敗れたインディ500と、初優勝への機運は高まっていたが、その歓喜の舞台は2013年の第3戦にやってきた。

 過去にはF1も開催されたことがある伝統のストリートコース、トヨタ・グランプリ・オブ・ロングビーチで4番手からスタートした琢磨は、ライバルとも言える12年王者のライアン・ハンター-レイ(アンドレッティ・オートスポート)を持ち前のファイトを展開しかわすと、ダリオ・フランキッティ(チップ・ガナッシ)の後退もありトップに浮上。グラハム・レイホール(レイホール・レターマン・ラニガン)の追撃をかわし優勝を飾ると、何度もマシンの中で拳を突き上げ、喜びを表した。

「チェッカー受けた瞬間は本当にうれしかったです。夢のようでした! ここまで何度も優勝や表彰台がスルスルと手元から離れてしまう事がありましたが、ようやくチャンスや環境がすべて揃って勝つことができました」と優勝の瞬間について琢磨は語る。

「今日はハードタイヤからレーススタートした戦略もうまく行き、最初のスタート、そしてリスタート、それにピットストップも完璧に決まって、最後のチェッカーフラッグが振られるまでまったくミスのないとてもエキサイティングなレースでした。クルマの調子も良く、運転していて本当に楽しかったです」

「チームは本当に素晴らしいレースをさせてくれました。この後もすぐにブラジル、そしてインディ500と続きますが、全力で頑張りたいと思います。これまでサポートしてくれたみなさんに御礼を言いたいです」

 これで琢磨はランキングでも2位に浮上。次戦ブラジルは、昨年3位表彰台を獲得した場所でもあり、そしてインディ500は昨年の“因縁”があるトラック。今後しばらくは琢磨の戦いから目が離せなさそうだ。

佐藤琢磨(優勝)
「言葉もありません。最高の気分です。信じられないですし、本当にうれしいです。今週は完ぺきなレースウイークエンドになっていました。チームが最高の仕事をしてくれました。ピットストップも作戦も完ぺきでした。Hondaエンジンもパワフルで、レース中の私は、マシンを限界で走らせることを楽しむことさえできていました。開幕2レースで課題となっていたピットストップも、今日は本当にすばらしかったです。クルー全員が完ぺきな仕事をしていました。自分も集中力を保ち、与えられた仕事をやり遂げようと考えながら走っていました。その結果、すべてがうまくいって、まるで簡単に勝てたように感じたほどでした。この勝利が、まだ震災の影響が残っている日本に、いいニュースとなってくれるといいですね。日本の朝に、こうしたニュースを届けられることをうれしく思います」

アート・セントシアー|HPD社長
「Hondaのレース活動にとってすばらしい一日、すばらしい週末になりました。佐藤琢磨、アンソニー・ジョセフ・フォイト、ラリー・フォイト、そしてA.J. Foyt Racingのチーム全員をたたえたいと思います。これが、いくつもの勝利のスタートとなることを期待します。今日の彼らは非の打ちどころのないレースを戦い抜きました。作戦もピットストップも見事で、琢磨の走りも完ぺきでした。グレアム・レイホールもすばらしいレースを戦っていました。そしてもちろん、ジャスティン・ウィルソンが後方グリッドから表彰台へと到達したドライビングも賞賛すべきでしょう。Hondaドライバーたちによる1-2-3-4フィニッシュは、すばらしい週末に花を添えるものとなりました。昨日のアメリカン・ル・マン・シリーズのレースでは、HondaチームがLMP1、LMP2の両カテゴリーで優勝しました。明日、インディカーを含めた大勢のドライバーたちと、HPDの20周年とこれらの勝利をともに祝えることを喜ばしく思います」   

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2012年5月31日 (木)

今更ながら(汗) 2012 インディ500 決勝結果(フル動画ありヨ)

大分と更新をサボってしまったがsweat02 今更ながら、今年のインディ500の決勝結果と、フル動画なぞをうpしときます。

・・・にしても、ホント惜しかったよネェ~~~琢磨くんsign03 あのオーバーテイクが成功していたら、大偉業だったのにネ。まぁ、ダリオの方が百戦錬磨で、一枚上手だった?という事なのだろう・・・・・・ネ?悔しいけどdash

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<インディ500 佐藤琢磨レースレポート>

―すべてを賭けた最終ラップ―

果的にインディ500には勝てなかったが、ダリオ・フランキッティとの間に起きた最終周のアクシデントで佐藤琢磨が貫いた姿勢は、今後、熱狂的なファンを生み出すことになるだろう。その粘り強く、恐れを知らないドライビングにより、琢磨は19番グリッドからスタートしながら、あと少しでIZODインディカー・シリーズで優勝するという劇的なストーリーを紡ぎ出したのである。

 公式な記録には琢磨が17位でフィニッシュしたと記されるだろうが、実際にレースを見たら、そう記憶する者はいないはず。そのかわり、彼らは琢磨とレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングの素晴らしいパフォーマンスをいつまでも覚えていることだろう。

 琢磨にとっても、そしてフランキッティにとってさえ、レースがこんな結末に終わるとは思ってもいなかったに違いない。予選で、新しいダラーラDW12シャシーからより優れたパフォーマンスを引き出していたのはシボレーであり、ホンダ勢は劣勢に立たされていた。彼らが、レースまでに多くの作業をこなさなければいけないのは明らかだった。

「ただし、天候の点では恵まれていました」と琢磨。「過去2年間は、雨が降り始めて走行が中断になる日が必ずありました。ニューカーが投入された今年は、4月に半日だけ行なわれたテストでセッティングの基本的な方向性を見つけ出し、イベントが始まった週の前半ではより細かい作業、つまり車高やエアロマップなどに取り組み、自分たちのパフォーマンスにはおおむね満足していました。僕たちはまずまずコンペティティブだったので、早々とダウンフォースを削り始め、予選に向けた準備を進めていきました。ファストフライデイ直前のプラクティスでは、予選のための作業に取り組んでいましたが、アンドレッティやペンスキーは協力してレースに向けたシミュレーション走行を行なっていました」

「そしてファストフライデイがやってきたのですが、ここではまったく予想もしていなかったことが起きました。シボレー勢は総攻撃を開始すると、ものすごい勢いでスピードを上げ始めたのです。これには本当に驚きました。僕たちはメカニカル・セットアップに全力で取り組むと同時に、ドラッグを削減する努力をしました。通常、予選ではグリップの限界までトリミング(ダウンフォースを削ること)しますが、今回はマキシマムトリミング、つまりこれ以上ドラッグを減らすことが物理的にできない状態まで来ていました。あれが予選でできる最大限の結果だったのです」

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ホンダ勢に囲まれた7列目のインサイドというスターティンググリッドは悪くなかったが、総合順位でいえば決して満足のできる結果ではない。そこで、レイホール・レターマン・ラニガン・レーシングは、1時間のセッションが1回だけ行なわれるレース直前のカーブデイに向けてセッティングを再検討することになった。「コンペティターと同じ程度のストレートスピードを手に入れるにはリアウィングを2~3度ほど寝かせなければいけませんでした。それとともに、レースセットに関係する数多くのパラメーターを見直すことにしました。それはとてもチャレンジングな作業でしたが、エンジニアのジェリー・ヒューズはとても良い仕事をしてくれました。トラフィック内でのクルマのハンドリングはかなり進歩しましたが、見直すべき部分もあり、完全に自信が持てるまでにはなりませんでした」

 そこで琢磨は慎重にレースのスタートを切った。最初の8ラップは19位もしくは20位で走行し、そこから徐々に順位を上げていったのだ。14周目に最初のイエローが出たときには16位まで浮上。これでピットストップが始まると14位となった。ここから琢磨の快走が始まる。レース距離の1/4が終わったばかりの50ラップ、グリーン中にドライバーたちがピットストップを行なうと5位へとジャンプアップしたのである。
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「序盤は、あらゆるリスクを避けて慎重にレースを進めていました。けれども、その後はゆっくりと、でも確実に順位を上げていきました。ダラーラDW12はスリップストリームが強烈に効きます。だから、自分の目の前を18台が走っていると、本当にものすごいことになります。僕はかなり多くのダウンフォースをつけてスタートしていたので、トラフィックのなかでも安定して順位を上げていくことができましたが、ピットストップで調整を加えると、さらに自信が得られるようになりました。そこで少しずつアタックしていったのです。とにかく、マシーンのフィーリングは良好でした。この時点では、僕たちはとても強力なパッケージを手にしていましたが、レース後半には問題を抱えることもわかっていました。僕たちのようなダウンフォース・レベルでは、単独に近い走行になったときドラッグが大きすぎてあまりいい結果を得られないと思われたからです」

 続いて琢磨はフランキッティ、ライアン・ブリスコー、トニー・カナーン、ジェイムズ・ヒンチクリフらとバトルし、3番手から5番手につけていた。そしてレースの折り返し地点直前にイエローが出されたとき、琢磨とトップのマルコ・アンドレッティは他の多くのトップランナーたちとともにピットインし、そしてコースに復帰していった。これで一旦は12番手となったが、集団のなかに埋もれたアンドレッティを尻目に、琢磨は目を見張るパッシングを繰り返して1ラップほどの間に6番手まで返り咲いたのである。

 ここから琢磨は徐々に順位を上げていくと、ジャスティン・ウィルソン、グレアム・レイホールらをオーバーテイクし、118周目には2番手へと躍進する。そして首位のスコット・ディクソンがピットに入ると、琢磨はついにトップに立ったのだ! この数周後に琢磨はピットストップを行なったものの、その後も上位グループに留まり、順調に周回を重ねていった。

 残り47周でリスタートとなったとき、ターン3の進入でフランキッティに抜かれた琢磨は、続いてディクソンにも先行されてしまう。この後、連続してコーションとなるなかで、琢磨は次第に順位を落としていった。その最後のリスタートでは、ライアン・ブリスコーの後ろでスロットルを戻す羽目に陥り、あっという間にウィルソンとヒンチクリフに抜かれて7番手に後退する。これでレース終盤に琢磨がすべき仕事が増えたことは間違いない。なにしろ、残りは6周しかないのだから……。

「リアウィングの設定は2回変えましたが、いままでレース中にしたことがなかったので、いい経験となりました。いっぽうで、メカニカルグリップが完璧とは言いがたかったため、最後のスティントではクルマはかなりニュートラルになっていました」

「今年は1列縦隊となってリスタートするスタイルに戻ったので、自分でコントロールできる幅は広がりましたが、スピードウェイではギア比が分散しているので、完璧なタイミングでダッシュしなければいけません。2度か3度、自分なりに試してみましたが、最後からひとつ手前のリスタートではTKが6番手からトップに躍り出るジャンプアップを成功させました。あまりにもそれは上手くいったので、思わず笑ってしまったほどです。けれど、これで僕の闘争本能にも火がつきました。さて、自分にも同じことができるだろうか?」

「最後のリスタートで成功し、僕は7番手から4番手に浮上。それからTKをパスし、199ラップ目の1コーナーではスコットも追い抜きました。ダリオと僕の一騎打ちがファイナルラップ物語になることは分かっていました。そして、勝利に向かって自分が勝負に出ることも! ターン3からターン4にかけては本当に全力を尽くし、マシーンはスライドしていましたがダリオのすぐ後方まで接近することに成功しました。そしてスリップストリームに入り、ついにストレートエンドでそのインサイドに飛び込むことに成功したのです!ターンインが始まる直前にサイド・バイ・サイドとなっていました。けれども、ダリオは同じ方向にステアリングを切り続け、僕はホワイトラインまで押し出されました。これで本当に難しい状況に追い込まれたのです」

「インサイドに飛び込んだときは、これでもう勝負は決まったと思っていました。タイトではあったけど、オーバーテイクは決まった!と確信しました。ダリオと僕の間隔は全く残っていなかったので、もしも車体の半分ほどの幅でも僕に残しておいてくれたら、もしくはホワイトラインを尊重してくれれば、このままサイド・バイ・サイドで問題なく通過できるのにと期待せざるを得ませんでした。けれども、そうはなりませんでした。僕のリアタイアはスライドを始めて……」

「もしもあと1周あったら、あのときは仕掛けていなかったかもしれません。けれども、あとターン4つ分しか残されていなかったなら、ましてや、ターン2の出口で風に煽られるためにターン3でのアタックが極めて困難だとわかっていたら、あそこでいくしかないのです。あのターン1は唯一のチャンスであり、僕は勝つ為にアタックしました」

「結果は僕たちが期待していたこととは異なりましたが、まったく信じられないような1日でしたし、本当に特別なインディ500というレースを僕は心の底から満喫しました。チームの奮闘についても誇りに思っています。僕たちのチームは決していちばん裕福なわけではありませんが、とてつもなくコンペティティブで、メカニックたちは傑出したパフォーマンスを発揮してくれました。チームのメンバー、スポンサー、そして僕を応援してくれたすべてのファンに心からお礼を申し上げます」

 けれども、その余韻に長く浸っている余裕はない。今週末に行なわれるデトロイト・ベルアイルのレースを皮切りに、インディカー・シリーズは1年のなかでもっとも忙しい時期を迎えるからだ。「インディはとてもエキサイティングで、とてもポジティブで、観衆から多くの声援をもらい、レイホール・レターマン・ラニガン・レーシングのことを誇りに思っています。彼らは本当に素晴らしい働きをしてくれました。勝てなかったことは本当に悔しいけれど、これからもアタックし続けます!」
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フル動画down

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2012年4月30日 (月)

2012 IZOD インディカー Round 4 サンパウロ 決勝結果 佐藤琢磨3位ポディウム・フィニッシュ!!

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IZODインディカー・シリーズ第4戦サンパウロで、初めての3位表彰台を獲得した佐藤琢磨(レイホール・レターマン・ラニガン)が、レース後の喜びを語った。

 今季は第3戦ロングビーチでも表彰台間近に迫っていた琢磨だが、チェッカー間際で無理な接触をされ3位を逃す悔しい結果に。今回のサンパウロでも、予選日にギヤボックストラブル、さらにエンジントラブルが発生し最後尾グリッドに沈むなど、苦しい展開となっていた。

 しかし琢磨は決勝スタートで25番手から21番手にジャンプアップ。ピットレーン速度違反でペナルティを喫するも、26周目のリスタートでは前方の混乱に乗じ11番手に大きくポジションを上げた。

 序盤にブラックタイヤでスタートし、早めにピットストップを行いレッドタイヤで追撃する琢磨は、燃費走行を行いながらもハイペースで周回を重ね、アクシデントなどライバル勢の脱落もあり残り15周で5番手に。迎えたリスタートでは、昨年王者のダリオ・フランキッティ、そして開幕戦ウイナーのエリオ・カストロネベスに挑戦する。

 その時の状況について琢磨は、「このときは言葉ではいい表せないくらい興奮しました。リスタートはいつでも大きなチャンスとなりうるものですが、決まったプランはないので、ブレーキをかけるまではどういう結果になるかわかりません。僕の前でエリオとダリオが横並びになっていたとき、ふたりを抜かすのは難しいと考えていましたが、彼らが思ったよりも早くブレーキングを始めたので、もしかするとこれはインサイドに飛び込んでいけるかもしれないと思いました」と語る。

 見事2台をパスした琢磨は、「僕にはコーナーをクリアできる自信があったので、ものすごくエキサイティングでした」とその瞬間を振り返った。そして琢磨は、今度は邪魔されることなく3位でチェッカー。インディカー参戦後初の表彰台を得た。

「3位でフィニッシュできて最高の気分です。最後尾からスタートしたレースで、たくさんのことが起きました。順位を上げていくには懸命に戦わなければいけませんでした。特にレース前半は、オーバーテイクに限らずストラテジーに従うだけでもハードで、1度はピットレーンで速度違反を犯してペナルティを受けたこともありましたが、それでも徐々に順位を上げていきました。1台ずつ抜いていったときは本当にエキサイティングでした」とレースを振り返る琢磨。

「今回は難しい週末となりましたが、最終的に結果が得られてほっとしています。チームに3位の成績を持ち帰ると同時に、今季初めてチェッカードフラッグを受けることができました。本当に最高の1日でした」

[ AS-web より ]

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2012年4月 8日 (日)

2012 IZOD インディカー Round 2 & オーバル・ニューエアロ・パッケージテスト・・・など?

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今更だけど、とりあえず先週行われたIZOD インディカー第2戦アラバマの決勝スコアを貼り付けて置きますsweat02

開幕戦に続いて、‘ペンスキー+ブランニュー・シボレーエンジン’パッケージの2連勝。今季からシャシーとエンジンが全面的に刷新されたにも関わらず、‘リ・ソース’を数多く握っている老舗や有力チームが相変わらず強いという流れには変化が無い。

というか、今季から導入されたニューシャシー「DW12」は、レギュレーションで‘オリジナル・エアロパッケージ’の架装が認められていたのにも関わらず、導入初年度の今季はそれがコスト面の配慮?で凍結されてしまったという経緯が影響しているのかナ?判らないけど??

でもってですネ、先頃かの‘聖地’インディアナポリス・スピードウェイにて、今季のオーバル・レースの一戦目となる「インディ500」の為のオーバル用エアロパッケージの合同テストが行われた。ちなみにというか、当然というか、このオーバル用エアロキットの製作はシャシー製作担当コンストラクターのダラーラ製。

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このインディアナポリスでのテストは各チームから1台(ルーキー除く)が参加できるもの。2012年シーズンからの新シャシーであるダラーラDW12、そしてシボレー、ホンダ等新エンジンにとって、インディ500に向け貴重なテストだ。

しかし、ロータスエンジン勢は開幕戦セントピーターズバーグにこそ間に合ったものの、いまだレースとテストに対応するだけの十分なエンジンのストックがなく、ロータスのモータースポーツマネージャーを務めるクラウディオ・ベッロによれば、テストに参加できる可能性は「50%」としていた。しかし、結果的にロータスエンジンを使用するチームは5チームともテストに参加しなかった。

今回のインディテストには、シボレー陣営からはエリオ・カストロネベス(ペンスキー)、マルコ・アンドレッティ(アンドレッティ・オートスポート)、トニー・カナーン(KVレーシング)、エド・カーペンター(エド・カーペンター・レーシング)、JR・ヒルデブランド(パンサー)が参加。ホンダ陣営からはスコット・ディクソン(チップ・ガナッシ)、ジャスティン・ウイルソン(デイル・コイン)、マイク・コンウェイ(AJフォイト)、佐藤琢磨(レイホール・レターマン・ラニガン)が参加。

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去年のインディ500で惜しくももうチョットで史上初の「ルーキー・ウィナー」となるところだったヒルデブランドくん。

今季のインディ500に掛ける思いも一入でしょう!!

しかし、今季からのインディカー・シャシーのデザインは、ホントにチャレンジングかつアグレッシブな感じでチョーカッコ良いネェ~~!リアタイア周りを覆うかのようなフェアリング・デザインが特にイイ!まぁ、未だにインディカーは、ウイングカー・コンセプトが認められたグランドエフェクト・カーだからっていうのもあるんだろうけど。将来的に他カテゴりーにも波及するんだろうか・・・・・ネェ~!?

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2012年3月27日 (火)

2012 IZOD インディカー Round 1 セント・ピーターズバーグ 決勝結果

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ニューシャシー、スリーエンジンと新しい時代を迎えた2012年のIZODインディカー・シリーズ。25日にセント・ピーターズバーグで開幕戦が行われ、ベテランらしいレース展開を見せたエリオ・カストロネベス(チーム・ペンスキー)が2年ぶりの勝利を飾った。15番手スタートの佐藤琢磨(レイホール・レターマン)は、レース中トップを走行するなど魅せるレースをしたがマシントラブルでリタイアとなった。

晴れ渡った空の下、大観衆の前で2012年IZODインディーカー・シリーズは開幕した。滑走路、公園内道路、そしてダウンタウンの一般道を使った全長1.8マイルのコースを100周して争われたレースは、予選5番手からスタートしたカストロネベスが優勝し、トレードマークのフェンス登りのパフォーマンスを見せた。

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レース序盤の13周目に出されたフルコースコーションでピットに入らなかった作戦が正解で、2回のピットストップでゴールまでを走り切った。同じ作戦のスコット・ディクソン(チップ・ガナッシ)とのトップ争いは熾烈だったが、2回目のピットストップを1周遅く行った後、コースに戻りディクソンの前に出ることに成功。そこからはリードをグングンと広げ、5.5292秒の差をつけてチェッカードフラッグを受けた。

カストロネベスの優勝は2010年のインディジャパン以来2年ぶり。彼は大喜びでフェンスに登り、何度もガッツポーズを作っていた。カストロネベスのセント・ピーターズバーグで勝利はこれで3回目。そして、インディカーでの勝利は通算26勝目となった。

シボレーにとっては、インディーカーへの復帰初戦での勝利。ウィル・パワー(チーム・ペンスキー)がポールポジションとレース中のファステストラップを獲得し、開幕戦での彼らは完全勝利を飾った。

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レースの折り返し点前の48周目にトップに立ったディクソンは、優勝へとひた走っているように映っていた。しかし、背後につけて走り続けたカストロネベスは燃費を彼以上にセーブすることに成功し、ディクソンがピットに入った後に猛プッシュ。前に出るとそこからは予選までのチーム・ペンスキーとチップ・ガナッシのパフォーマンスの差がそのまま現れていた。カストロネベスはリードを7秒以上にまで広げ、クルージングモードでゴールした。「久しぶりの勝利だ。このうれしさは変わらない。チームメイト、チームのクルーたち、そしてシボレー・パワーに感謝したい。レースを通してエンジンは安定していた」とカストロネベスは語った。

ディクソンはセント・ピーターズバーグでの2位フィニッシュは、これで3回目。おもしろいことに、いずれもカストロネベスの後ろでのゴールだった。

ホンダ・エンジンは初戦を飾れなかった。しかし、ディクソンが2位フィニッシュして表彰台に上った。「作戦は良かったが、エリオが速かった。そして彼は燃費セーブもできていた。自分たちはタイヤの消耗も激しかったようだ」と敗因を語った。

3位でゴールしたのはライアン・ハンター-レイ(アンドレッティ・オートスポーツ)で、彼のチームメイトのジェームス・ヒンチクリフがキャリアベストとなる4位フィニッシュをアンドレッティ・オートスポーツに移籍して最初のレースで記録した。5位は予選2番手だったライアン・ブリスコ(チーム・ペンスキー)で、サイモン・ペジナウ(シュミット・ハミルトン・モータースポーツ)が16番グリッドからキャリア・ベストとなる6位フィニッシュを達成した。もちろんルーキーの中での最上位だ。

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ポールポジションからスタートしたウィル・パワーは7位でのゴールとなった。序盤のピット作戦が外れた上に、レース中に何台にもパスされていたが、粘り強く走り続けて27点を獲得した。

エンジンの競争が再開された最初のレースは、シボレーが大きな勝利を収めたと言っていいだろう。表彰台に2名が乗り、トップ5の中の4台がシボレーユーザーだったのだ。第三のメーカー、ロータスのベスト・フィニッシュはアレックス・タグリアーニ(ブライアン・ハータ・オートスポーツ)の15位だった。

佐藤琢磨は73周でリタイア。結果は22位だった。しかし、レース中盤に2回、合計11周に渡ってトップを走った。作戦の良さに加えて、リスタートやコース上でのバトルでライバルをパスし、リーダーへと躍り出たのだ。2回目のピットストップを行った直後、ギヤが2速から上がらなくなり、ピットで修理を試みたが、ギヤボックスのコントロールラインが破損していたことが発見され、レース続行を断念せざるを得なかった。トラブルなくマシンをゴールまで運べていたら、悪くとも7位でのゴールはできたはずだった。

「エキサイティングなレースでした。レイホール・レターマン・ラニガン・レーシングのインディカー復帰1戦目でトップを争うことができ、とても良かったと思います。昨日までのマシンは決して良いものではなかったけれど、不具合を見つけてウォームアップからマシンを良くすることができました。作戦は良かったし、ピットストップは素晴らしく、僕もミスなく走っていた。しかし、2回目のピットストップの後にギヤボックスが壊れてしまった。本当に悔しいです。しかし、今日の戦いぶりでチームの士気は大きく上がりました。みんなが来週のレースにはモチベーションをさらに高めて臨めると思います」と琢磨は語った。

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昨年度のセント・ピーターズバーグ・ウイナーで、3年連続してチャンピオンに輝いているダリオ・フランキッティ(チップ・ガナッシ)は、最終ラップにガス欠に陥って、9位から13位まで大きく後退してのゴール。優勝したカストロネベスが50点を稼いだのに対し、昨年チャンピオンを争ったパワーは27点、フランキッティは17点を手に入れるに留まった。「厳しい1日になってしまった。最終ラップの最終コーナーでガス欠になるとは……。レースをしていれば、こういう日もある。来週のバーバーでは力強い戦いぶりを見せたい」とフランキッティはコメントした。

F1からインディカーに転向したルーベンス・バリチェロ(KVレーシング)は、中段に沈み17位でインディカーデビュー戦を終えている。

[ AS-webより ]

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2011年12月17日 (土)

IRLインディカー ダン・ウェルドン死亡事故調査報告を公表

10月のインディカー最終戦、ラスベガス300で起きたダン・ウェルドンの死亡事故に関する調査報告が発表され、ウェルドンの死因はキャッチフェンスとの接触で起きた頭部外傷と判明した。

15台の多重衝突に巻き込まれたウェルドンのマシンは宙に舞い上がり、キャッチフェンスに衝突。ドライバーは死亡した。15日(木)、事故に関する60ページに及ぶ報告書が公表され、分析の結果キャッチフェンスへの接触がウェルドンの致命的な頭部外傷を招いたと結論づけられている。

「#77(ダン・ウェルドンのマシン)はタブの右側のポストに衝突し、大きな損傷を負った。その損傷はペダル隔壁からタブの上端沿いにコックピットまで続いていた」と報告書の一部には記されている。「これによりロールフープがタブの右から左へと削ぎ取られ、角変形している。レースカーの進行によって、ポールがコックピット内に侵入し、ヘルメットをかぶったドライバーの頭部に接触した。このことはヘルメットとバイザーの接続部分下部のダメージによって確認できる。衝撃によってヘルメットのフェイス部分またはチンバーの構造にダメージが生じ、右こめかみ部分の固定金具からバイザーが外れた。この結果、ヘルメットのフェイス部分にひびが入るとともに、右側のバイザー取り付け部分にダメージを与えた。この衝撃はダンの頭部に致命的な鈍器損傷をもたらした。ダンのけがはこの頭部外傷意外見当たらなかった」

報告はさらに続く。「ダンは事故で2度にわたり頭部に衝撃を受けたと見られる。最初の大きな衝撃は#83レースカー(チャーリー・キンボール)と接触したおよそ1.7秒後に起きた。最初の衝撃でダンの頭に何かが当たったという映像証拠はない。シャシーにはこの時、横方向に30G、縦方向に47G、垂直方向に25Gのフォースがかかっており、これは#77(ウェルドン)の右リアが路面と#59(アーネスト・ヴィソ)に接触した際のものと考えられる。ほかにレースカーやデブリがないアクシデントに典型的な現象だ。この最初の衝撃で頭部が受けた力は後方に50G、横に100G、垂直に100Gと推定される。この情報を元に頭部障害基準(HIC)の値を算出した結果、1000を大きく下回った。HICが1000以下の場合は通常けがの心配がないレベルとされる」

「2度目の衝撃は物理的な力で、最初の衝撃から0.4秒後、#77が#83と接触した2.1秒後に起きた。これはステアリング隔壁、ヘルメット、そしてロールバーがキャッチフェンスのポールに当たる映像を時系列に並べて確認ができた。この相関関係は、#77と#83のマシン同士が接触した地点の映像データを集計することによって確認が可能となった。また、クラッシュボックスに記録されたデータと照らし合わせ、各衝撃のタイミングが映像で特定された。2度目の衝撃でドライバーのイヤープラグが外れているが、その前に頭に加わった縦の力はおよそ250Gで、正面から衝撃が加わったと推測される。底からの衝撃と考えられる垂直方向の力は200Gで、さらに右方向から100Gが確認された。マイナス方向の縦の波形は、頭に正面から衝撃が加わったことを示している。両極に伸びた縦および垂直のフォースは、底面から上への衝突を示唆する。2度目の衝撃でイヤープラグのセンサーが外れたとみられ、これはタブ後部に位置するコネクターの長さを越えてドライバーが動くような事故の際に起きるものだ」 

また報告書ではレースに参加したマシン台数の多さや、コースの適合性、プロモーションの一環としてウェルドンをグリッド後方からスタートさせた判断に対する批判についても検証している。結論としては、競技の中で1つの要因だけを理由に挙げることはできず、プロモーションについてはインシデントとまったく無関係とされた。

「被害を受けた台数においても大きかったが、ダン・ウェルドンの死を招いたことが何よりも重大な事故だった」と報告書にはある。「いくつかの要因が同時に絡み、"完全な嵐"を巻き起こした。事故の単一の原因としてどれか1つ選び出すことはできない。このため、要因のうちいくつかが存在しなかったとしても、結果が違っていたかどうかを断定することは不可能だ」

「インディカーは安全性を重視している。このレポートはモータースポーツの安全を高めるというインディカーの改善努力の中間段階に過ぎない。インディカーはこれからもレースに関わるすべてのリスクを減らすための努力を続けていく」

「2012年のレーシングシーズンは、インディカー・シリーズの新しいレースカー到来を告げるものであり、前例のない安全改革の年となる。このニューマシンのテストや開発、安全改革に尽力したのがダン・ウェルドンだった」

「インディカーとオープンレーシング委員会はダンの家族に対し、祈りと心からの哀悼を捧げたい」

ESPN F1より ―

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2011年10月18日 (火)

IZOD インディカー FINAL・Round ラスベガス・・・・・ダン・ウェルドンが壮絶事故死・・・・・について

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・・・・・・・、なんという皮肉なんだろう・・・・・・と思う。

今年の‘100周年記念’インディ500、ファイナルラップの最終ターンまで、あわやルーキーのJ・R・ヒルデブランドが史上初のルーキーウィナーとなるのを99%誰もが疑わなかったはずだ。しかし、まさかのヒルデブランドの最終ターンクラッシュで、2位走行中だったダンの懐に自身2度目のインディ500勝利が舞い込んで来るなんて本人も含め、世界中の誰にも予測出来なかった事だと思う。

今季のダンは、スポンサーのピックアップが不調に終わり、去年まで在籍していたパンサー・レーシングとの契約を解除、シーズンを通してのレギュラーシートを確保する事が出来なかった。そんなダンに、元CARTドライバーで現在自身のチームを所有するブライアン・ハータとホンダはインディ500のスポット参戦をオファーしたのだ。ダンは2009年、2010年とも体制が盤石とは言えないパンサー・レーシングでの参戦下、連続で2位フィニッシュを果たしていた実績があった。

急造チームに等しいチーム体制で、終盤2位までポジションアップしていたというのは、彼がただ単に強運だけでは無かったという事なのだと思う。そしてまさかのヒルデブランドのクラッシュ、コンクリートウォールに接触したまま必死にマシン・コントロールをし、チェッカーを目指したヒルデブランドの真横を全開ですり抜けて行ったダンと、ピットでその有様を見届けていた彼のチームクルーにとっては、その瞬間‘ナニ’が起こったのかすぐには理解出来なかっただろう。

まさに奇跡だった。世界中が驚愕した瞬間だった。

不遇のシーズンを過ごすはずだった彼にとっては、信じられないインディ500リザルトだった。

この快挙の後、IRL、ホンダ、ダラーラは彼に来シーズンからブランニューとなる新型シャシーとニュー・V6ターボ・エンジンの開発を託す事を決定した。オペレーションは、最終ラスベガス戦と、ダンが来季フルシーズン所属する事になっていたサム・シュミット・レーシングとのコラボレーションだった。

5月以降、それまで‘無職’に等しかったダンのライフデザインに追い風が吹き始めた。きっとダン本人もそう感じただろうし、ワタクシ達モータースポーツマニア達にとってもそう映っただろうと思う・・・・・・・・・それなのに!・・・まさかそのシーズンエンドで彼がこんな悲劇に見舞われてしまうなんて、一体誰にそんなイメージ出来たというのだろう!?

以下、関係者による哀悼の弁・・・・・・・。

(12周目に赤旗中止となった段階でタイトルが決定となったダリオに、チャンピオンを獲得した実感はあったのかという質問に対して)

「いや・・・・・・、ない。・・・・・ついさっき、スタート前に冗談を言い合っていたんだ。そして今、ダンはいない。今日、ダンの息子に、『僕らは小さい頃からの知り合いだったんだよ。そして昔はチームメイトだったんだ』と話したばかりだ。僕らは別のキャリアを歩むときもあったけど、ずっと親友だった。みんなダンを友達と思っていたし、インディカーにデビューした頃は生意気に思われていた頃もあったけど、ダンは人気者だった。でも僕らは、彼を失った。言葉も出ない

・・・・・ダンの妻、スージーと幼い息子たちのことを思うと苦しい」

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エリック・バークマン(HPD社長)

 「今日はHondaファミリーにとって悲しい日となりました。計ることができないほど大きなものを失ったのです。私たちにとってダンは単なるドライバー以上の存在でした。彼はHondaファミリーの一員でした。しかし、誰よりも、私たちの思いと祈りを彼の家族、スージーと幼い男の子二人に寄せたいと思います。ダンはモータースポーツに対して情熱を持っており、すばらしいパーソナリティーを備え、レース界の人々みんなと友だちでした。彼の才能と献身は、私たち全員に影響を与えていました。彼を今後もずっと忘れることはないでしょう。私たちHondaのファミリー全員が、深い哀悼の意を彼の家族、友人、そして世界中のファンに捧げたいと思います」

 マイケル・アンドレッティ(アンドレッティ・オートスポーツ・オーナー)

 「これ以上ないくらいの悲しみだ。我々のチャンピオンドライバーのひとりを失った。ダンはこのスポーツで勇気と情熱をみせてくれた。アンドレッティ・オートスポーツはダンの個性を忘れない。そしてダンの家族、現在のチーム、友人たちに心からのお悔やみを申し上げる。ダンはインディカー・シリーズの素晴らしい王者のひとりだった」

 サム・シュミット・モータースポーツ

 「ダン・ウェルドンは素晴らしいコンペティターであり、偉大なレーサーで、素晴らしい人物であった。我々はダン・ウェルドンをチームの一員だったことが誇りだった。サム・シュミット・モータースポーツの全員が、今深い悲しみに打ちひしがれている。我々の祈りはダンの妻、スージーとふたりの子どもに注がれている」

 佐藤琢磨

 「ダン・ウェルドンの家族のことを思うと、ひどく悲しい思いです。彼は偉大なコンペティターであり、ジェントルマンでした。彼を知るモータースポーツ界のすべての友人たちは彼がいなくなって、とても寂しく思っています」

 ルイス・ハミルトン

 「今日はひどく悲しい日だ。ダンは僕がキャリアを通して追ってきたレーサーだったし、イギリスでモータースポーツの階段を登っていくときに、しばしば彼の足あとに従ってきたんだ。彼は素晴らしい才能のあるドライバーだった。アメリカに渡っただけではなく、インディ500で2度も勝利したイギリス人として、彼は感激させる人物で、すべてのレーシングドライバーが尊敬と称賛の念をもって見上げるような人だった。こんなにも若いうちに逝ってしまうなんて、悲しいことだ。このとても苦しいときに、僕の心は彼の家族や友人と共にある」

 ジェンソン・バトン

 「起きてすぐにこの上なく恐ろしいニュースを聞いた。ダン・ウェルドン、安らかに。1990年代の序盤にダンとレースした、いい思い出がたくさんある。真のファイターだった。僕らはこのスポーツでの伝説を失っただけではなく、素晴らしい人物を亡くしたんだ。彼の家族の辛さは想像もできない。このとても大変なときに、僕の思いは彼らと共にある」

 ルーベンス・バリチェロ

 「飛行機から降りて、僕らの友人、ダン・ウェルドンの訃報に触れた・・・。ブラジルのカート時代に過ごした素晴らしい時間をいつまでも忘れないよ。安らかに」

レース続行を中止したインディカーは、参戦ドライバーたちによるウェルドンを偲ぶ5周の追悼走行を決定し、行った。3台づつ横に並び、隊列走行を行ったインディカー達が発するホンダV8エンジンのエキゾースト音は、何処か悲しげに感じられた。ここ10年以上レース中に死亡者を出していなかったIRLにとって、今回のダンの死亡はを彼ら、あるいはワタクシ達にとって‘ナニ’を刻み込むのだろう・・・・・・。

94年にアイルトンがイモラのタンブレロで他界した時もそうだったが、これはナニかの教示なのだろうか??

アイルトンの死後、このスポーツの安全性は確かに飛躍的に向上したと思う(2001年のCARTドイツ戦でのザナルディの両足切断というショッキングな事故はあったが)。車体の安全基準はかなり高められ、「HAN’S」の装着は全カテゴリーに浸透した。にも拘わらずダンは命を落としてしまったのだ。

ワタクシ達はきっとナニか勘違いしているのかも知れない。完璧なモノなどこの地上に存在しないんだという事に。勘違いしている故に、ナニか‘おごり’みたいなモノが何処か常にあって勘違いしたままのだ、・・・・・・きっと。

ダンが今季開発し続けたニューシャシーの安全面はきっと来季のシーズンインまでに再度見直される事だろう。だからと言ってそれで全てが満たされるワケでは無いだろうし、それでもきっとまた大きな事故は起きてしまうかも知れないし、命を落としてしまうドライバーは出てしまうのかも知れない。それはインディカーに限らず、F1でも、プロトタイプでも、はたまたモトGPでも起きるのかも知れない。

でも、きっと我々人類は、ナニが起きようとも、そしてどんな悲しみが伴なおうとも、その技術と開発の歩を止める事は無いだろう。

それがたとえ‘見果てぬ夢’だとしても、・・・・・・完璧なモノなんて存在しないと判っているから・・・・・・・・、それがこれまで貴重な生命を捧げてきた全てのドライバー達の願いだと思うからこそ、前進する事を諦めてはならないという事を!!

「GOOD BYE DAN!GOOD BYE MY HERO!!AND THANK YOU!!Don’t FORGET EVER,EVER!!」

合掌 2011.10.16

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2011年10月 3日 (月)

IZOD インディカー Round 16 ケンタッキー300 決勝結果

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2011年シーズンも残すところ2戦と押し詰まった第16戦の舞台は、アメリカ東部ケンタッキー州北部にあるケンタッキー・スピードウェイ。全長約1.5マイルのハイスピード・オーバルは、3台が並んだままコーナリングを行えるエキサイティングなコースですが、同時に年々大きくなるバンプによってドライビングが難しくなっています。

チャンピオン争いは、第15戦インディジャパン ザ ファイナル終了時点で久しぶりにウィル・パワー(Team Penske)がシリーズトップに復活しています。過去に3度のタイトル獲得を経験しているベテランのダリオ・フランキッティ(Chip Ganassi Racing)は、一時は大きなポイントリードを築いていましたが、現在はポイントスタンディング2位へと順位を下げています。第16戦は、ポイント3位のスコット・ディクソン(Chip Ganassi Racing)までタイトル獲得の可能性が残されている状況で迎えられました。

予選ではパワーがポールポジションを獲得し、フランキッティは11番手と苦戦しました。シーズンの流れをパワーがつかんでいる印象はケンタッキーでも続いていました。

秋晴れの下、予選日よりもずいぶんと暖かなコンディション下でスタートが切られた200周のレースでは、ポールポジションからスタートしたパワーが悠々とリードを続けました。しかし、1回目のピットストップへと向かったパワーは、ピットロードでアナ・ベアトリス(Dreyer & Reinbold Racing)と接触し、マシン左側にダメージを受けてしまいました。ピットインを重ねながらマシンの修理が施されましたが、パワーのマシンはスピードが上がらなくなり、19位でゴールするのが精一杯でした。

一方、フランキッティは燃費セーブの戦略を行ってピットにはライバル勢より1周あとで滑り込むと、クルーたちの素早い作業と、温まっていないタイヤでのラップタイムのよさなどから一気にトップに躍り出ました。彼はリードを保ち続けて最多リードラップを記録し、ボーナスポイントの2点を獲得。優勝へまっしぐらと見えていました。しかし、ゴールを目前にした178周目に切られたリスタートでエド・カーペンター(Sarah Fisher Racing)がディクソンを抜いて2位へと浮上し、フランキッティへの果敢なアタックを開始。ケンタッキーで2年連続2位フィニッシュしてきているカーペンターとのバトルはサイド・バイ・サイドのままゴールまで続き、最終ラップの最終コーナーを回ったあとにアウト側のカーペンターがゴールライン目前で大逆転、通算113レース目にして悲願の初優勝を飾りました。Sarah Fisher Racingにとっても、今回の勝利は初優勝となりました。カーペンターとフランキッティとのゴールで差は、IZODインディカー・シリーズ史上で6番目に小さい0.0098秒でした。

3位争いもし烈で、こちらはディクソンがジェームズ・ヒンチクリフ(Newman Haas Racing)とライアン・ハンターレイ(Andretti Autosport)をギリギリでかわして表彰台に上りました。

今日のレース結果によってフランキッティが再びポイントリーダーへと返り咲き、パワーはスタート前の12点リードから一転、18点差で追いかける立場となりました。

佐藤琢磨(KV Racing Technology-Lotus)は、予選22番手で後方グリッドからのスタートでした。決勝用のマシンセッティングも自らが期待したよりもパフォーマンスは低く、集団の中で順位を上げていくことができずにいました。それでもピットストップの速さやリスタートのよさで佐藤は147周目には7位を走りました。さらに上位をうかがって戦い続けた佐藤でしたが、トップスピードが出ないことで順位を落とし、最終結果は15位となりました。

昨年から設定されているオーバルコース部門の王者には、今回3位フィニッシュしたディクソンが輝き、A.J.フォイト・トロフィを初めて授与されました。ロードコース部門のマリオ・アンドレッティ・トロフィは、第15戦インディジャパン ザ ファイナルでウィル・パワーが獲得。彼は同トロフィを2年連続で手にしています。

すさまじいバトルとポイント争いが続いてきた2011年のインディカー・シリーズもいよいよ2週間後の1レースを残すのみとなりました。今年もチャンピオン争いはシーズン最後のレースまで、2人のドライバー、どちらがタイトル獲得を果たすのか、その予想が難しい状況のままもつれ込みます。

その最終戦は、アメリカ大陸を西へと横断してラスベガスで行われます。エンターテインメントとギャンブルの都にある1.5マイル・オーバルでインディカーのレースが開催されるのは2000年以来。どのような戦いとなるかは非常に読みにくい状況です。ドライバーの順応性、チームのエンジニアリング能力といったものが試される戦いとなるでしょう。

(ホンダ公式サイトより)

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2011年10月 2日 (日)

IZOD インディカー Round 16 ケンタッキー300 予選結果

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今週末に行われるケンタッキー戦とラスベガス戦の残り2レースとなった2011年のIZODインディカー・シリーズ。すでにダン・ウェルドンがラスベガス戦の参戦を発表しているが、さまざまなドライバーが残り2レースにスポット参戦するようだ。

今年のインディ500を制したウェルドンは、500万ドルボーナスのチャレンジドライバーとしてラスベガス戦にサム・シュミット・モータスポーツとブライアン・ハータ・オートスポーツの共同チームで参戦予定だが、ケンタッキー戦にもアレックス・タグリアーニの代わりにサム・シュミット・モータースポーツから参戦すると報道されている。

ドレイヤー&レインボールド・レーシングは、怪我のジャスティン・ウィルソンの代わりに、残り2レースをタウンゼント・ベルにステアリングを託すことを発表している。

インディ・ジャパンでJP.デ・オリベイラを起用したコンクエスト・レーシングは、ケンタッキー戦で、アジアF3チャンピオンでインディライツに参戦しているディロン・バティスティーニをインディカーデビューさせる予定だ。

 また、サラ・フィッシャー・レーシングは、トーマス・シェクターを2台目のドライバーとしてラスベガス戦に出場。ジェイ・ハワードは、レイホール・レターマン・ラニガン・レーシングからラスベガス戦に出場を予定している。

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