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2011年5月 1日 (日)

ゴールデンウィークといえば・・・’アイルトン’の命日・・・・・・。その3

Senna 例年5月1日になると、お約束に様にこの話題で書いている。

本当だったら、友人Sクンに戴いたPMAのセナ・コレクションのお披露目が続いていたのだろうけど、イマイチそんな気分にもならず、・・・・・・・まぁ、近い内に再開するつもりではいるのですけど・・・・・ネ。

アイルトンが他界してから17回目のゴールデンウィーク、特に今年は東日本大震災が起きた後だから、なおさら憂鬱に受け止めてしまう。でも、何が起きてもこの日だけは、個人的に忘れる事は出来ないようだ。

昨年にアイルトンの生涯をテーマにして創られた映画が公開されたから、余計にそう感じるのかも知れない。ワタクシは、映画館に直接観には行かなかったけど、当然ながらDVDは購入して自宅で観賞致した。

劇中、使用された映像の数々は既に何度も目にした、あるいは脳裏に焼きついたままのアイルトンの勇姿だった。

スクリーンの中の彼の眼は、サーキットの中では相変わらず何処か遠くを見詰めているみたいな寂しそうな眼であり、家族と過ごすプライベートタイムの時の活き活きとした眼とは明らかに違っていた。

彼はサーキット内でそんな眼をしていても、F1を、モーターレーシングを愛していた事に疑いの余地は無かった筈だ。

以前にも書いたと思うが、彼は常に強大な「壁」と闘っていたからだろうと思う。多分、相当な覚悟の上でその「壁」と常に対峙していたのではないだろうか。彼の寂しげで憂鬱そうな眼はそこから来ているように思う。

「出来れば、78年か79年の頃に戻りたい・・・・・」

彼が劇中呟いていた言葉だ。何の利害も無く、純粋に楽しんで、勝ち続けたカート・レース時代。

天賦の才能に溢れていたアイルトンはやがて必然と世界の頂点に立ち、地上のあらゆる物全ての前にその姿を曝け出された。矢面に立ってしまった彼に‘望んでいない’、‘意味も無い’「壁」との対立が始まってしまう。

F1の中で蔓延っていた旧大陸的な「貴族主義」とその価値感が、知らず知らずの内に彼を取り囲んで行ったに違いない。それはきっと彼を苦しめ、挫折感を与え、絶望に等しい感慨さえ抱かせた事だろう。

アイルトンの何処か憂いで悲しげな眼は、それらの「壁」と生きる限り、闘い続けなくてはならないと決意した時からなのではないだろうか。

退路を断ったのだ。

震災後の復興に右往左往する我が国の政府。

今後どれくらいの期間が掛かるか、どんな道筋で復興して行くのかは、誰にもはっきりとしたイメージは出来ないのかも知れない。それは原発の問題もひっくるめて存在する。

だからこそ、我が日本の指揮官たる首相にも、そんな「退路を断つ」覚悟と判断速度が求められている。

「ボクにとっての一番偉大なチャンピオンは‘アイルトン’!!」

2008年に世界王座に輝いた黒人初のF1チャンピオン、ルイス・ハミルトンの言葉だ。彼のヘルメット・デザインは、アイルトンのそれを似せて誂られている。

アイルトンの強い意志と、彼への尊敬の念は、今も何処かで沸々と想い伝わっている。

そしてそれは永久に消える事は無いだろう。

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