« Round 13 ベルギーGP 決勝結果 | トップページ | Round 14 イタリアGP 1日目 »

2010年9月 4日 (土)

10月8日公開「アイルトン・セナ ~音速の彼方へ」について

Senna いやぁ~~、ホントに連日暑いネェ~~!・・・もう8月も終わったというのに。・・・というか、まぁ例年‘残暑’というのはあって当たり前なんだけど、今年はチョット‘異常’なくらいの暑さだネ

例によって‘ネタぎれ’状態のワタクシなんだけど、ナンか書かずにはいられないというか、ナンというか・・・・・・・・・?

実は最近‘F1’に対し少し関心(興味?)を失い掛けているワタクシだが、‘伝説’の英雄?であるアイルトンのドキュメント映画が10月に公開されるというのを知って、・・・・・っていうか、過去から今まで何度もアイルトンを題材にした映画が創られるというハナシが生まれては消え、・・・・・多分、出来ないだろうナァ~~って個人的には思っていたのよネ。大体、モータースポーツって映画の題材にし難いという‘都市伝説?’的な俗説が蔓延っていたからネェ・・・・・、かならずヒットしないというか・・・・・・・?

しかしながら、ようやくハリウッドのユニヴァーサル映画がこのアイルトンのドキュメント映画の制作を実行してくれたようなのデス。まぁ、アイルトンの生誕50周年記念作品というコトになっているようで、・・・・・・・どうなんだろ?実際にこの映画ってアメリカでも公開される(された?)んだろうか・・・・・・ネ??まぁ、ハリウッドも現在‘ネタぎれ’の瀕死の状態にあるから、カネ出してくれるところ(つまりセナ財団ネ?)があればナンでも創るゾ?っていうことなのかナ??

・・・・・というか、ホント最近のF1に少し冷めてしまったワタクシにとってのこの映画が‘栄養剤’になってくれるとイイんだけど?でも公開は10月で・・・・・・今季ももう終わってるナァ~sweat02

・・・・・・・う~ん、この映画の予告編を貼り付けてみたんだけど、ナゼかいつもアイルトンの姿を観ると、あるいは彼のコトを思い出すとウルウルしてきちゃうんだよネ・・・・・これって歳のせいなのか、ナンなのか判んないけど。

個人的に想うんだけど、・・・・・アイルトンって、モータースポーツの歴史、あるいは全てのプロ・スポーツの歴史の中でも間違いなくその‘数ページ’を埋めるべき偉人だし、それに見合うだけの記録・・・それは、3度の世界タイトル奪取、65回のポール・ポジション記録、6度のモナコGP制覇・・・そして、その存在感と共に輝かしい偉業を成し遂げているのだけど。でもナゼか彼の‘影’には常に、あるいは今でも‘悲壮感’というか、‘挫折感’というか・・・・・・よく判んないけど、‘悲しさ’に似たナニかが付き纏っていたように感じてしまうのダ。

実はそれと似た感情を、最近書いた我が愛すべきアーティスト‘角松敏生’に対してもナゼか感じてしまう。・・・・・‘悲壮感’みたいなモノを。それは何処から来るのだろう??

34歳の若さで他界してしまったアイルトンの生涯は、月並みな言い方をしてみれば「志半ば」でというコトになってしまうのだろうが、・・・・・生前のアイルトンは何処に向かって、あるいはナニの為に闘っていたのだろう?か・・・・・。F1の世界の中で、彼は多くの人々に間違いなく‘愛された’が、その対極でこれまた間違いなく多くの敵を造ってしまったのも事実で、それはナゼなんだろう?と想うのダ。

白人でなかったアイルトンは、祖国ブラジルを出てモータースポーツのメッカ‘英国’に渡り、FF(フォーミュラ・フォード)、F3と順当に勝ち抜き、祖国の先輩であるネルソン・ピケと同じようにF3からF1へと飛び級を果たす。その間に、事実は判らないが‘白人’でなかったアイルトンには多分、‘人種差別’的なことも多々あったように想像する。それを跳ね除けられたのはまさしく彼の天性の才能あってのモノだろう。

4歳で初めて父親手製のゴーカートに乗ってから、彼は自分の進むべき世界と、自身の‘アイデンテティ’を自覚し、死ぬまでの30年間、自分の信じたコト、それを貫き通そうとしただけのように想う、ただ単に・・・・・。

しかしながら、彼が行き着いた理想の、あるいは究極の世界のハズだった‘フォーミュラ1’は、ラテン系のひとりの純粋な天才青年を有頂天にさせとくような場所では無かっただけなのダ。そこには国家間のエゴや、信じられない位の額のスポンサーフィーによって左右されるポリティックな世界、そしてこれまた想像を絶する白人至上主義と・・・・・・。彼がリラックスしていられる場所は、夢に見たF1の世界には余り無かったように想像する。

それでもアイルトンはそれらの障壁があったにしても、白人至上主義の世界で負けなかった!自分自身の信じたモーターレーシングに対する想いや信念を曲げることは無かったのダ!それは信じられないような‘ミラクル’なレースと逸話を山の様に歴史の中に刻んでいったし、多くの、いや世界中のモータースポーツファンがその熱狂の渦に自然と巻き込まれていくのは、いかなる権力や政治力を持ってしても止めることが出来なかったのダ!!

まさしく彼は自身のチカラで逆境を跳ね除け、それらを体現していった。しかし・・・・・・彼は単に‘白人(あるいは欧州の貴族階級)’ではなかったというだけなのダ・・・・・・・。ひょっとしたら彼は、それが彼自身にとってのどうにもならないコンプレックスだったのかもしれない・・・・・・?そしてそれは、彼が存在するということで‘都合の悪い’連中にとって、唯一付入る‘隙’だったのではナイだろうか。想像するに、アイルトン自身もそのことをイヤというぐらいに理解していて、だからこそ自分自身を信じてその信念を貫き通すしか方法が無かったのかもしれない。が、その個々の‘信念’は時として人間関係の間で軋轢を生じさせる。人種の差が絡んでくればなおさらダ。

公式サイトのトップに、この映画を評した日本のレース関係者のコメントが色々出てくるが、その中で片山右京がこうコメントしている

「本当の努力とは、もうダメだと思った瞬間から始まる」 今でも大事にしているセナの言葉です

・・・・・・・、アイルトンが言うと、ヒジョーに重い・・・ネ。ひょっとしたら彼は常にこんな精神状態で闘っていたのかもしれない・・・・・・。だからこそ彼の影には‘悲壮感’みたいなモノが常に付き纏っている様に感じられたのかも?・・・・・・・・と想う。

ナンか、メロメロな日記になってしまった・・・・・・。アイルトンのコトに想いを馳せると、いつもこんな感じになっちゃうんだよ・・・・・・・ネ、ワタクシ。

映画公開日が待ち遠しい!

|

« Round 13 ベルギーGP 決勝結果 | トップページ | Round 14 イタリアGP 1日目 »

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/216357/49347621

この記事へのトラックバック一覧です: 10月8日公開「アイルトン・セナ ~音速の彼方へ」について:

« Round 13 ベルギーGP 決勝結果 | トップページ | Round 14 イタリアGP 1日目 »