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2010年5月 1日 (土)

ゴールデンウィークといえば・・・’アイルトン’の命日・・・・・・。その2

今年もやって来た‘憂鬱’となってしまうゴールデン・ウィーク・・・というか5月1日・・・・・・・。特に今季は、ワタクシまったくテンションが上がらず仕舞いで、更に憂鬱・・・トホホsad

ここ毎年、この日になるとアイルトンのことを書いていると思うが、書かずにはいられないというか、・・・・・・「彼」の為にも書かなくていけない!と最近は思ってしまうのダ。

とは言ってみても、ナニを書こうか?なんて悩んでしまっている次第で・・・・・sweat02 でもって、例によりYouTubeのアイルトン・ネタをパラパラと検索。・・・・・こんなのがありましたdown

1990年日本GPでのレース前ブリーフィングでの出来事。

1990年の日本GPといえば、スタート直後の「8秒間」で、アイルトンとアラン(プロスト)のバトル(あるいはタイトル争い)が決してしまったという、ワザワザ鈴鹿まで観戦しに行ったお客さん達からしたら‘悪夢’のようなレースとして記憶に残っている。

この映像のブリーフィング後の決勝レースで、アイルトンは、スタート直後の第一コーナーアプローチでアランの‘フェラーリ・641’にワザとぶつけてしまうのだ

ナゼに、アイルトンはそんな愚行に及んだのか?

・・・・・というのが、前年の日本GPで起きたシケインでのアランとの接触、その後エスケープ・ロードからコース復帰した事による‘ショートカット’でアイルトンの失格処置と・・・・・・が、映像にもあるように、1981、83、87年のチャンピオンであるネルソンが、シケインでの接触、あるいはコースオフした際、コース復帰はエスケープ・ロードを通過して最終コーナー側に出なければ危険だと、Uターンして後続車と正対しながらのコース復帰ほど危険なものはナイと発言した。これに対して、ブリーフィングに出席したドライバー全員とオフィシャルが同意、承認された・・・・・・・直後にアイルトンは‘キレて’ブリーフィング・ルームを退席してしまう、「去年のボクの行為は正しかった」と言葉を残して・・・・・・。

つまり前年の、1989年の日本GPでのアイルトンの失格というのはナンだったのだろう?シケインでのアランとの接触に関しては‘レース・アクシデント’として扱われ、エスケープ・ロードを通過してコース復帰したことが‘ショートカット’と判断されて失格となった。が、ネルソンが言うように、シケインでのアクシデントによるコースオフした際は‘ショートカット’してコースに復帰するのが順当だと、他のドライバーやオフィシャルは当然のことながら同意しているのダ。

まぁ、‘接触’がペナルティの原因となるならば、それは映像を観る限りで言えばアランの方に接触の原因があり?アイルトンは、シケインのアプローチにて、アランの‘空いた’インサイドに飛び込んだだけなのである。アランは、アイルトンが飛び込んで来るのを承知で‘幅寄せ’した?のダ。

じゃ、ナゼにアランは「彼」をコース外にハジき出さんばかりの行為に及んだのか?

単純に言えば、チャンピオンシップを争っているライバル同士であり、確か・・・記憶がハッキリしないけど・・・アランがポイントテーブルをリードしていて有利な立場にいて、アイルトンはこの鈴鹿と最終戦オーストラリアを連勝しなくてはならず、しかもアランの成績次第という苦しい状況だったと思う。

つまり、アランからすればそんな切羽詰まった状況ではなく、そんな行為をしなくても無理せずタイトルを獲れたはずなのだ・・・・・が、この時のアイルトンの勢いは、そんな不利を平気で覆してしまいそうなチカラを(あるいはオーラを)持っていたのダ!だからアランは、鈴鹿でアイルトンをリタイアに追い込み、鈴鹿で自身3度目のタイトルを決めたかったのだろう?

結果的に、アランはリタイア、アイルトンはコースに復帰して、壊れたフロントノーズのままで1周し、それをピットで交換、バックマーカーになりながらもまさに‘鬼神’のドライビングで追い上げ、トップチェッカーを受けるという‘奇跡’まで起こしたのダ!!が、レース後にスチュワードが出した裁定は、アイルトンの失格・・・・・・というモノだった。しかもアランには何もお咎めナシ、・・・・・そしてタイトル決定という運びとなったのダ。

ナゼに(何度も言ってしまうがsweat02)FIAは、あるいは当時のFIA会長であるジャン・マリー・バレストルはそんな偏った裁定を下したのか?

当時、影で囁かれたのが、翌年1990年に控えていたフランス建国200周年、7月14日のパリ祭(Quatorze Juillet)の為だと云われていた。当時のフランス大統領であったミッテランが大号令を発し、90年のパリ祭までに各界のフランス出身著名人、プロフェッショナル・スポーツ界でのフランス人チャンピオンを集結させろ!というのがあったようだ?当然、グランプリ発祥の国であり、FIA本部があるフランスからすれば、F1世界チャンピオンとして知名度を誇る‘アラン・プロスト’の存在は当たり前であり、そのメンバーの中にアランがいないというのは物凄く‘不自然’なことだったであろう。

つまり・・・・・・、それを遂行する為に、フランス政府?からすればブラジル人であり、‘時の人’であった‘アイルトン・セナ・ダ・シルバ’はとても邪魔な存在だったことになる。

そのことを当時のアイルトンが意識していたかどうかは知らないが、ブラジル人のアイルトンが当時闘っていた相手は単にライバルとなるドライバー(あるいは人間)達だけではなく、そんな目に見えない‘大きな’敵とも闘っていたように思うのダ。アイルトンがよく被害者意識が強いと云われたのは、その辺に原因があるのではないだろうか?

基本的にグランプリの世界は‘白人至上主義’である。今でこそ‘黒人’の世界チャンピオン、ルイス・ハミルトンが存在するまでに柔軟となったが、当時のグランプリの世界では‘目に見えない’人種差別が水面下で横行しており、当時の日本人F1ドライバーもかなりイヤな思いをしたのではないだろうか?常勝エンジンだったホンダさえバレストルから「邪魔なイエロー」として敬遠されていたぐらいだった。

ワタクシ達人間は、成長していく過程において、誰にでも‘見えない’、そして‘巨大’な「壁」のようなモノが常に幾つも立ちはだかる。それは、対人間だったり、対組織、対制度、対人種、対宗教、対経済・・・・・・だったりするが、それらをひとつひとつ噛み締めて、乗り越えていく事に‘人’としての成長や強さが備わっていく。世界(社会)は常に‘平等’ではナイが‘公平’ではあるハズだと思いたい・・・・・が、それさえも怪しい世の中ダ。

そんな時、ワタクシ達‘人間’にはどんな能力が求められていて、どんなことが出来るのかというのが重要となってくる。最終局面では、組織や人脈だけに寄りかかっているだけでは救われないし、何も意味を持たない。死ぬまで自分自身と向き合って、‘それら’と闘い続けねばならないし、成長していかなければならないのダ。個人的な能力や意思の強さが必要なのダ。

当時、アイルトンが生きていた時代をリアルタイムで見ていて、‘白人’ではない彼が‘それら’に真摯な態度で立ち向かう姿勢や潔さには、誰もが感銘を受けたはずダ。世界中のファンは、アイルトン・セナという人物に、誰もが‘自身の投影’を行い、感情移入していったのではないだろうか?だからこそ、それは世界中で一大ムーブメントのような現象さえ起こしたのだと、個人的には考える。

Ayrton_senna_111

アイルトンの命日には、どうも色々と想いを巡らせてしまうナァ・・・・・・・(汗)しかし、ファンは5月1日を決して忘れるコトはナイだろう・・・・・。 

ちなみに、ブリーフィングの映像で発言しているネルソンが、90年の日本GPのウイナーとなるのはナンと皮肉なコトか・・・・・・・。

もっと皮肉なコトを言えば、アイルトンが事故死した時のマシン「ウィリアムズFW16」に搭載されていたルノー・エンジンが‘フランス製’だというコトだろうか・・・・・・・・・?

・・・今日も日が暮れていくナァ~~~mist

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