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2008年5月 8日 (木)

スーパーアグリの「撤退」について想うコト・・・。

・・・・・・・、残念でならない!ホントimpact残念ダsign03

というか、この”急造チーム”スーパーアグリの撤退(消滅?)について言えば、それはまさしく2000年から始まったホンダの「F1参戦第3期」がどれほど“迷走”しているかが判るような、あるいは「その」証明がなされてしまったような気がするが!

本来、このスーパーアグリという名の“急造チーム”がナゼ誕生したのか?という部分に関していえば、やはりその「キーワード」は佐藤琢磨の処遇(日本人ドライバーの。あるいはホンダのそれ)というところが大きかったのではなかろうか!?

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つまり、話せば長くなってしまうのかもしれないが、現在のホンダの「第3期」はチームを自ら立ち上げ「オールホンダ」での参戦!という計画が諸事情により頓挫し、既存の新興チーム「BAR(ブリティッシュ・アメリカン・レーシング)」とジョイントし(ジャックのチームだったのダ!)、エンジン供給、その他の技術支援というスタイルに「絵」を描き直し、スタートしたのダ。

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参戦当初は多少「8年」のブランクは感じさせたものの、ホンダにしてもBARにしても「チャレンジャー」というスタンス、そしてジャックのモティベーションが上手くリンクし、カムバック初年度としてはまずまずのコンストラクターズランキング5位でシーズンを終えるのだが・・・・・・。しかし、翌2001年から「迷走」に拍車が掛かってしまう・・・・・!2001年にホンダが大事に育ててきた「日本人ドライバー」佐藤琢磨がナント、イギリスF3選手権(F1ドライバーの登竜門の筆頭ダ!)でシリーズタイトルを奪ってしまう!!しかも、年末のF3ドライバー世界一決定戦ともいえるべき「マカオGP」でも優勝したのダ!!(ホントだったら「国民栄誉賞」並みの快挙ダsign03

これほどの成績を上げれば当然次は「ヨーロッパF3000」か、あるいは飛び級して「F1」というのが当たり前なのだが、当時のF3000はF1の下部カテゴリーとしての役目が上手く機能しておらず(結局、消滅してGP2となる)、F3からF1への飛び級というのが自然な流れとなっていたのだが・・・、ホンダが関わっていたBARはすでに2001年からのドライバーラインナップが終了しており(ジャックは当然のコトながら、オリビエ・パニスと2年契約の締結をしてしまった)、彼の行き場はすでになかったのである。しかし、ジョーダン・グランプリ(現在のフォース・インディア)がそれまでの「無限エンジン」の有償供給からホンダの「ワークスエンジン」無償供給を引き換えに2002年に「彼」を受け入れるコトを提示してきたのダ!!

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ホンダにとってもこれからが大事!という時に「2チーム」にワークスエンジンを供給するというとても困難な状況に陥ってしまった。しかし、この時期にホンダのBARへの発言力がもう少しあれば、チームがパニスと契約を締結する前にストップがかけられただろうし、この後に続く「迷走」も実はこんなにヒドクならなかったのでは?と感じてならない!?(ジャックはこの時、ホンダが2チームに供給するコトに関してエンジンの開発速度が鈍ると言って強行に反対していた!そして実際そうなってしまったのダ!!)

つまり、それはホンダが将来的にBARを「買収する」タイミングも逸してしまったというコトにもつながり、間抜けなコトにそれは2005年にも似たようなコトが佐藤琢磨の回りで繰り返されてしまうという結果にも繋がってしまう・・・・・。買収前の2005年にBARはルーベンス・バリチェロと契約してしまい、皮肉にも買収した後チームが「ホンダ・レーシングF1」となった時には日本人ドライバーがいないという状況をつくり出してしまったのダ!それは全てにおいて(車両、エンジンの開発についても)ホンダの判断が後手、後手に廻ってしまったという悪循環に陥ってしまったという証拠なのである。

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これにはチームを早々と売りたがっていた「BAT(ブリテッシュ・アメリカン・タバコ)」に対して、中々「重い腰」を上げなかったホンダとの「温度差」にも要因があった。痺れを切らしたBATはそれまでのBARチームCEOのクレイグ・ポラックを解任し、プロドライブ社の社長デビット・リチャーズという「刺客」をチームに送り込む(プロドライブとBATは「WRC」で密接な関係にある)。つまり彼リチャーズの「仕事(任務?)」はBARを「勝てる」チームにすることでは無く、この「BAR」というチーム(あるいは商品?)をホンダに対して魅力的な(勝てそうな)モノにするコトだった?と思えるのダ!(実際、BATはポラックとエイドリアン・レイナードに「裏切られた」という立場だったのだろう?)

そして、リチャーズはポラックが出て行った後、チームの牽引役だった「最大」の邪魔者?ジャック・ヴィルヌーブも「あの手、この手」でチームから追い出してしまう。ホンダに佐藤琢磨という「カード」をチラつかせながら・・・・・、ジャックとホンダの関係にさえも「ヒビ」を入れさせて・・・・・・・。事実、あるいは事実結果からすればチームは2004年から好成績を上げ始める。それは実力だけではなく、マクラーレン・メルセデスとBMWウィリアムズが低迷し、目を覚まさなかったという「偶然」にも助けられるのだが・・・、そして「優勝」こそなかったが、コンストラクターズランキング2位という好成績でシーズンを終えるのダ。つまりBATとリチャーズからすれば、「運良く」当初の目的を達成するコトとなるのダ!ホンダにチームを売りつける為に!!まぁ、この時期、ホンダとBATはF1以外にもアメリカのCARTシリーズにおいてビジネスパートナーではあったのだが。

この好成績にホンダが「色目」を見せ始めた段階で、デビット・リチャーズはナゼか「解任」という口実でチームを離れ、「プロドライブ社」でリチャーズの右腕だったニック・フライをチームに残し、この「売却計画」を完遂させたのダ!!つまり佐藤琢磨もこの「計画」に上手く利用されてしまったようなカタチだったように感じてならない・・・・・・・。

2002年からホンダのライバルである「トヨタ」がF1に参入してきたという要因もあるのだろうが。向こうは「フルチーム」での参戦、ホンダにしてみればトヨタに対抗するには日本人ドライバーを「キープ」するというのが唯一の対抗手段だったハズなのダ。まぁ、トヨタは日本のメーカーチームといえども、実際は「ドイツ」のチームにしか過ぎない。個人的には「レイナード」が倒産した2002年の時点で(あるいは、このレイナードの倒産にはホンダが絡んでいたのだろうか??)BARを買収するべきだったのでは!?と感じてならない!

このようなホンダの第3期における「迷走」が原因でスーパーアグリという「未熟児」を世に産み落としてしまったように感じてならないのダ・・・・・・!日本人ドライバーを、佐藤琢磨というドライバーを走らせる為に・・・・・・・・・・・。

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あまりにもスーパーアグリというチームの誕生の過程には不自然な位に「違和感」を当時感じていたのダ。ホンダがホントに早く決断を下していれば今回のような「惨め」な予想しえた現実は、当事者のホンダや鈴木亜久里、チームスタッフ、2人のドライバー、そしてなによりも彼らを応援し続けた「サポーター」達も感じずにすんだハズなのダ・・・・・・・・!!

このブログを始めてからあえて「ホンダ」や「スーパーアグリ」のコトにはあまり触れずにいたのだが・・・・・、ナゼかといえば、現在のこのホンダF1「第3期」にはどうしても過去の「第2期」までの「ホンダイズム」を感じないからなのダ。2000年に復帰してからその方策がブレにブレ続けているから・・・・・・・。個人的に自分も日本人だから、やはり「ホンダ」や「トヨタ」は応援したいのだが(特にホンダに対しては!)、現在のホンダに対してはやはり思い入れが出来ない・・・・・。(特にジャックのクビも切りやがったし!)

しかし、今回はやはり書かずにはいられなかった!「大枚」はたいてロス・ブラウンを招きいれ、スーパーアグリを切ったホンダの今後に別の意味で注目し続けたい。

ホント、残念な結果だった・・・・・・・・。

そして佐藤琢磨の去就はどうなるのだろうか?ファンからすれば今シーズン一杯でホンダとの契約が切れるバリチェロの後にホンダ入り!という「絵」を描きたいのだろうが、一方でバリチェロの後釜にはIRLからマルコ・アンドレッティがホンダ・アメリカの強い後押しでチームに来るのでは?などという憶測までが飛んでいるのだが・・・・・・・・。

[ 追記 ]

佐藤琢磨からのメッセージ

Sa06_19 「スーパーアグリF1チームがF1から撤退したことが悲しく、残念だという以外に、いまの自分の気持ちを表す言葉は見つかりません」

「チームが非常に難しい状態にあることは分かっていましたが、この件に関係しているすべての人たちが何とかして解決策を見出してくれることを心から期待していました。どんな理由があったとしても、そうならなかったことが残念で仕方ありません」

「チームが抱えていたすべての問題に対しても常に希望を持ち続け、僕ができる範囲でどうしたらチームをサポートできるかということを考えてきました」

「スーパーアグリは小さなチームでしたが、その志は高く、崇高なスピリットを抱いていました。2年半前にチームが動き始めたとき、リフィールドのスタッフは誰もが驚くような働き振りを見せてくれ、たったの4ヵ月でマシーンをグリッドに並べただけでなく、最初のシーズンにしてトップ10でレースにフィニッシュし、昨年は4ポイントを獲得しました。彼らは、不可能を可能にするという意味で、本物のプロフェッショナルだったと思います」

「また、亜久里さんがこれまで僕たちのためにしてくれたすべてのことに、深い敬意を抱いています。物事を進めるために懸命の努力を続けてきてくれました。チームのスタッフ全員が全身全霊を傾けてきてくれたことも決して忘れることはできないし、SAF1の短い歩みのなかで彼らが達成してくれたことにも心から感謝しています。チームの初ポイントを獲得したのがたった1年前だったことがいまでは信じられませんし、それからたった1年で、そのときの喜びや興奮が落胆に転じるとは思いもよりませんでした」

「これまではSAF1と共にレースすることに全力を投じてきたので、いまはまだ次に進む道がどうなるのかはわかりません。マネジャーとともに今後の可能性を探り、しかるべきときがきたら発表するつもりです。しかしながら、僕はF1から引退するつもりはまったくありません。僕は今まさに、自分自身これまでのなかで最高のドライビングができる状態にあると信じていますし、僕のこれまでのキャリアを通じて信じられないほど熱心にサポートしてきてくれた日本や世界中のファンのみなさんに、もっともっと力強いレースをお見せしたいのです」


2008年5月8日
佐藤琢磨

(TSエンタープライズ プレスリリースより)

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